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東京高等裁判所 昭和58年(行ケ)191号 判決

1 請求の原因1ないし3の事実は、当事者間に争いがない。

2 そこで、原告主張の審決の取消事由の存否について判断する。

(一) 本願発明の小孔は、把手6を蓋体4にねじ7により固着するための小孔であるのに対し、引用例記載のものの主蓋となるガラス体Aの上部の中央に設けられた穴2は碗形部Bを嵌着するものであり、この碗形部は、煮炊時に沸騰した器内の膨脹熱泡を受け入れて空気に触れさせ、これを汁状として再び器内の中央部に還流させることにより、煮汁を器外に溢散させないようにして煮炊きの目的を達成するものであるから、穴2は膨脹熱泡を碗形部に入れ、そこで汁状となつたものを還流させる機能を果しうるような大きな寸法のものであるという相違があることは、当事者間に争いがない。更に、引用例に記載された中央の穴2の具体的構成について検討すると、成立に争いのない甲第三号証によれば、引用例の登録請求の範囲には、「底なし碗形部Bの下端に突出した管状部3の部分を主蓋となるガラス体に設けたる穴2に挿し入れガラス体Aの穴の周縁に嵌着し」(第一頁右欄第二三行ないし第二五行)と記載されていることが認められ、右記載によれば、引用例には、本願発明の把手に相当すると解される碗形部Bの下端に突出した管状部3を設け、該管状部を蓋体の中央の穴2に嵌着させることが開示されており、引用例記載のものにおける中央の穴2は、把手を蓋体に固着する穴である点では本願発明の小孔との間に差異がない。ただ、前掲甲第三号証によれば、引用例の実用新案の性質、作用及効果の要領には、「器内の膨脹熱泡は(中略)中央の穴2に移動し同上に乗置したる小蓋Dの一方を押上げつゝ第7図の状態より第8図の状態になして碗形部B内に入り該個所にて空気に触れたる膨脹熱泡は直ちに汁状となりて重量が生ずる(「生ず」は「生ずる」の誤記と認める。)為、再び器内の中央部に還流し斯くの如き状態を反覆することによりて煮汁を器外に溢散せしめることなく煮炊の目的を完全に達し得る」(第一頁右欄第四行ないし第一二行)と記載されていることが認められるから、引用例記載のものにおける中央の穴2は、煮汁のふきこぼれを防止するために碗形部Bに膨脹熱泡が入り、そこで汁状になつた膨脹熱泡が再び還流しうる程度の大きさを有する点において本願発明の小孔と相違するものである。

また、本願発明の蓋体の透視部は上方に膨出する彎曲面のみから構成されるのに対し、引用例記載のもののガラス体Aの透視部は上方に膨出して彎曲する面のほかほぼ水平な面を有しているという相違があることは、当事者間に争いがないが、引用例に記載されたガラス体Aの透視部の具体的構成について検討すると、前掲甲第三号証によれば、引用例には透視部の形状については特に記載はないが、ガラス体Aの上部の中央の穴2には、前記のとおり碗形部Bの下端に突出した管状部3の部分が挿し入れられ、穴2の周縁に嵌着されるが、碗形部Bの底面はガラス体Aの中央の穴2の近傍部に当接し、該近傍部は、通常の技術手段として、ほぼ水平な面に形成されて碗形部Bを支承するという態様で碗形部B全体がガラス体Aに固着するものと認められるが、右部分を拡大した別紙図面(二)第5図ないし第8図からみても、そのほぼ水平な面は透視部全体のうちの僅かな部分であつて、透視部の大部分は上方に膨出する彎曲面で構成されていることが明らかである。

なお、原告は、引用例に記載された透視部は小蓋D以外の部分を角部を挟んで上下二段の透視部とし、右認定の部分のほか、下段の透視部のうち角部に近い部分もほぼ水平な面となつている旨主張する。

前掲甲第三号証によれば、引用例の別紙図面(二)第2図及び第4図に図示されたものは、原告主張のように角部を挟んで上下二段の透視部が設けられていることが認められるが、引用例記載のものは、その登録請求の範囲及び実用新案の性質、作用及効果の要領の記載事項に照らし、右図示の上下二段の透視部が設けられるものに限定されるものではなく、前記認定の碗形部Bの底面が当接する部分以外は、彎曲した面のみで構成される一段の透視部が設けられるものを含むものであり、また右図示に基づき、成立に争いのない甲第二号証の二により認められる別紙図面(一)に図示された本願発明の透視部とそれぞれの彎曲度を対比検討してみても、両者の彎曲度には格別の差異があるとは認められない。

以上を要するに、蓋体に設ける穴の構成において、本願発明の小孔5は把手6をねじ7により固着するための小孔であるのに対し、引用例記載のものの中央の穴2は、把手を蓋体に固着する穴である点では本願発明の小孔と差異がないが、碗形部B内に煮炊時に沸騰した膨脹熱泡を入れ、そこで汁状となつたものを還流させる機能を果すために必要な程度の大きさを有するものであり、また、蓋体の透視部の構成において、本願発明は彎曲面のみから構成されるのに対し、引用例記載のものは碗形部Bの底面が当接する部分がやや水平な面であり、その余の部分が彎曲度において本願発明と格別の差異がない彎曲面から構成されているものであり、両者の構成は右認定の限度において相違しているというべきである。

(二) 原告は、透視部と蓋体に設ける穴の構成上の相違に基づき、本願発明は沸騰時であると否とを問わず調理中常に器内の透視がきわめて良好にできるという格別の作用効果を奏するものであるのに対し、引用例記載のものは沸騰状態に至る前の煮炊期間中このような作用効果を奏しえないから、引用例記載のものに第一周知例、第二周知例の強化ガラスの製造方法を適用し、審決認定の公知技術を併用しても本願発明を得ることはできないと主張し、これに対し、被告は右構成上の差異は、両者の作用効果に格別の差異をもたらすものではなく、単なる設計事項の変更に基づくものにすぎないと主張するので、前記認定の構成の相違に基づく作用効果の差異の有無について以下に検討する。

(1) まず、本願発明における蓋体上部の中央に設けられた小穴5が直接に器内透視の良否に結びつくものであつて、原告主張のような本願発明の作用効果に対し寄与するものであるかどうかについては、原告において何ら首肯しうる主張をしていない。

(2) 次に、その余の構成の相違に基づく作用効果の差異についてみるに、成立に争いのない甲第二号証の一によれば、本願発明は蓋体の透視部を上方に膨出して彎曲する面で形作るという前記の構成を採用することにより、煮炊時の水蒸気は、透視部の内側に当たるとほぼ同時的に、傾斜面に沿つて低い側に流れ落ち、器内はその水蒸気によつて曇ることなく、沸騰時であるか、沸騰に至る前の煮炊期間中であるかを問わず、器内を良好に透視できるという作用効果を奏するものであることが認められる。他方、引用例記載のものは、前記認定のような作用を担当するガラス体Aの上部中央の穴2及びこれに嵌着された小蓋付きの碗形部Bを配設することにより、沸騰状態においては、彎曲面とは関係なく、発生する蒸気をガラス体Aの裏側1に凝結水滴として付着させることなく、これにより器内の透視を完全に行いうるという効果を奏するものであることは原告の自認するところであり、本願発明に係るものの沸騰時における効果は引用例記載のものの右効果と何ら異るところはない。そして、本願発明が当該効果をもたらす技術手段として採用した、蓋体の透視部を上方に膨出して彎曲する面で形作るという方法も、すでに引用例記載のもののように、碗形部Bの底面が当接する部分にやや水平な面を有するが、その余の部分が彎曲度において本願発明と格別の相違がない彎曲面から構成される蓋体が存する以上、それを従来技術と全く異なる課題解決手段を創作したものであつて、いわゆる技術の豊富化に資するものと評価することはできない。

(3) 次に、本願発明に係るものにおいては、沸騰状態に至る前の煮炊期間中における器内の透視が良好であること前述のとおりであり、他方、前掲甲第三号証によれば、引用例の実用新案の性質、作用及効果の要領に「煮炊器内に有る煮炊物の煮え行く経過状況を煮炊器蓋を施したるまゝ外部より充分目撃を成し得る」(第一頁左欄第一〇行ないし第一二行)との記載があることが認められる。

しかしながら、本願発明がソーダ石灰ガラスを主原料とする透明の板ガラスを加熱して成形した後冷却することにより強化ガラスとした蓋体に係るものであることは当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第五、第六号証によれば、強化ガラスとは硬さ、弾性率、耐熱性などの諸性能において普通の板ガラスより強度のものを指称するものであることが認められ、板ガラスは強化加工をしても、基本成分の組成に基づく性質(後述のガラスに対する水の接触角など)は変らないことは技術常識であり、これに対し、引用例記載のものは本願発明のようなガラスを除く溶融ガラスを成形してなる蓋体に係るものであることは当事者間に争いがない。そして、成立に争いのない乙第一号証の一ないし三によれば、ソーダ石灰ガラスに対する水の接触角は〇度であり、右以外の組成のガラスに対する水の接触角は七ないし三七度の範囲内にあることが認められ、したがつて、引用例記載のもののガラスは本願発明に係るガラスより接触角は大きく、たとえその表面を粗にしても、ソーダ石灰ガラスの接触角(0度)より小さくすることができないことは明らかである。そして、水のガラスに対する接触角が小さいほどガラスは水に対してぬれ易いものであることは技術常識に属するところであり、成立に争いのない乙第二号証の一ないし四によれば、ガラスが水に対してぬれ易い場合ほど、水は薄い膜に広がり、水の蒸発、流下が早くなることが認められるから、蓋体をガラスで構成する場合、そのガラスをソーダ石灰ガラスを素材としたものとするか、右以外の組成のガラスとするかにより、水滴の流下現象に差異があることは明らかであつて、水滴を速やかに流下させて器内の透視を良好にする点では本願発明が優れているというべきであり、この点に関して格別の差異がないとする被告の主張は誤りといわなければならないが、右認定の水滴の流下現象の差異は、帰するところ、蓋体のガラスの性質に基づくものであつて、(成立に争いの甲第七号証《煮炊実験報告書》も、このことを明らかにする証拠にすぎない。)、本願発明と引用例記載のものとの前記認定の蓋体に設けた穴及び蓋体の透視部の構成の相違に基づくものではないというべきである(ちなみに、引用例記載のものにソーダ石灰を素材とする板ガラスを加熱、急冷して熱的歪を与える強化ガラスの製造方法を適用し、その蓋体を強化ガラスとするならば、本願発明のように沸騰状態に至る前の煮炊期間中において速やかに水滴を流下させて器内の透視を良好にすることは当業者にとつて容易になしうることであるというべきところ、これと同趣旨の判断を合わせ含んで本願発明は当業者において容易に発明することができるとした審決の当該判断部分については原告は本訴において審決の取消事由として主張していない。)。

(三) 以上のとおりであるから、前記(一)認定の本願発明と引用例記載のものとの構成上の相違は、把手の機能とふきこぼれ防止の機能を有する引用例記載のものにおける碗形部Bを本願発明のような単なる把手とすること、及びその把手の固着に際しねじ止を採用し、右の穴を本願発明程度の小孔とすること、その結果透視部のうちの碗形部Bの底部に相当するやや水平な面をも彎曲面とすることにすぎないのであつて、このようなことは、当業者が容易にできる程度の設計変更にすぎないというべきであり、審決がこの点について、単に、「両者は上方に膨出して彎曲する透視部と(中略)上部の中心に穿設された小孔に把手を取付ける(中略)調理器用蓋である点で全く一致する。」と判断したのは、措辞適切とはいえないが、その相違は単なる設計変更にすぎないものである以上、両者は右の点においては実質的に一致しており、審決の右判断は結論において誤りがないというべきであるから、審決には原告の主張する違法はない。

3 よつて、審決の違法を理由にその取消を求める原告の本訴請求は失当として棄却することとする。

〔編註その一〕 本願発明の要旨は左のとおりである。

所望の形状に切断したソーダ石灰ガラスを主原料とする透明の板ガラスを加熱して上方に膨出して彎曲する透視部と外周縁に係合縁部を有する所望形状の蓋体に成形し、この蓋体を冷却し、蓋体全体を強化ガラスにして成形し、上記蓋体の上部の中心に穿設された小孔に把手を取付けるとともに上記係合縁部に金属製リングを取付けることを特徴とする調理器用蓋の製造方法。

(別紙図面(一)参照)

〔編証その二〕 本件に関する図面は左のとおりである。

別紙図面(一)

<省略>

別紙図面(二)

<省略>

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